2020年6月8日日経新聞朝刊1面に在宅勤務の増加に伴い、職務内容を明確にした「ジョブ型」雇用に移行する企業(資生堂,日立製作所,富士通)が出てきたという記事が掲載されました。
 日本のこれまでの雇用は、一人の労働者が、営業をやったり、人事をやったり、総務をやったり、経理をやったりと、取り扱う職務が転々と変わるが、職務が変わっても賃金は変わらないという雇用形態を採る企業が多かった。すなわち、職務の範囲が不明確であるとともに職務と賃金の結びつきも弱い、という雇用形態であることがわかります(小熊英二は著書「日本社会のしくみ」の中でこういった日本の雇用慣行を「同一学歴同一賃金」と名付けている)。
 他方、アメリカをはじめとする欧米の雇用慣行は、まさに上記日経新聞の記事のような「ジョブ型」であり、各労働者には明確な「職務」(ジョブ)があり、原則として職務の範囲が変わることがなく、職務と賃金が明確に結び付いています。
 こういった明確な「職務」は同じ職務を必要とする他企業でも活かすことができるため、欧米社会では転職が容易であり、企業を横断して「職務」ごとに賃金が決められています(別の企業だからといっても当該「職務」には同じ賃金を払わないといけないとされている)。
他方、日本社会は、明確な「職務」に着目して労働者を雇用しているわけではないので、ある企業で培った労働者の能力はその企業でしか活かすことができず、汎用性に欠けるため、転職には不利です。前職で明確な職務を身につけたわけではない労働者は、前職で培った能力を転職先でうまく活かすことができにくいため、転職をしたとしても賃金が伸びにくくなってしまいます(というより下がりやすい)。
 欧米人は、企業にて活かすことができる「職務」遂行能力を身につけるために大学や大学院に進学する。そのため、大学院まで進学して専門性の高い「職務」を身につけることは自身の賃金の増加に結びつきやすいです。
ここまで来ればお分かりかもしれないが、日本社会の場合は、その逆で、企業は明確な「職務」に着目して労働者を雇用するわけではないので、大学院まで進学して高い「職務」遂行能力を身につけたいという動機は働きにくいです。そのような能力を身につけても、そのような能力に着目して雇ってくれる企業が少なく、賃金の上昇に結びつきにくいからだ。そのため、欧米に比べ、日本人の大学院進学率は低調で、小熊は上記著書の中で、日本の相対的な「低学歴化」が進んでいると述べています。
 こうした日本と欧米の比較からすると、ジョブ型雇用の浸透は、「職務」重視型の社会への転換のきっかけになると予想されます。グローバル化、AI化が進む世の中において生き残っていくためには、より専門性の高い「職務」を身につけた労働者のニーズが一層高まっていくと考えられます。
 こうした時流に乗っていくという観点からは、「ジョブ型」社会の到来は、好意的に捉えられるべきです。
 もっとも、本格的な「ジョブ型」社会に転換するためには、それに応じた教育制度、欧米に準じた企業横断型賃金制度、企業横断型労働組合などの導入も併せて行わないと、日本型「ジョブ型」雇用は維持できないと思います。
 また、現行の労基法を前提にする限り、いかに成果型のジョブ型雇用に移行したところで、残業代はきちんと支払われないといけません。そのため、上記日経新聞の記事は、在宅勤務では労働時間の管理が難しく「残業代支払いルールに抵触する恐れ」があり、そのため、「ジョブ型」雇用を導入する企業が増えてきた、という論調になっており、「ジョブ型」雇用であれば残業代を支払わなくてよいかのような記事になっております。その点でミスリーディングであると考えられます。